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自分と未来は変えられる ― 無難に生きていた私が、人生を歩み直した話

こんにちは。
空港ビジネスの「人・組織」価値向上コンサルタント、あきばやコンサルティングの秋葉慎太朗です。

私は12年前、子どものころから憧れていた空港を運営する会社に入社しました。
入社が決まったことを両親に報告したときのことは、今でも鮮明に覚えています。(私自身もとっても喜びました
喜びのあまり涙を浮かべてくれた姿を見て、「ここから自分の人生が本当に始まるんだ」と感じていました。

当時の私は、これからの未来に対して、自然と前に進みたくなるような感覚を持っていました。
自分の人生が大きく開かれていくような、そんな感覚です。

しかし、その感覚は長くは続きませんでした。


憧れの場所で感じた違和感

入社してしばらくすると、少しずつ違和感を覚えるようになりました。
空港をつくる仕事に携わっているはずなのに、自分の意思が反映される場面はほとんどありません。

あらかじめ定められた計画に沿って、正確に業務を遂行することが求められる。
求められているのは、間違えないこと。
考えることよりも、逸脱しないこと。

もちろん、それが悪いわけではありません。
プラス、新入社員だったし仕方ない部分も多いでしょう。


空港という場所は安全が最優先です。
そのために緻密な計画と統制が必要なのは当然のこと。

ただ、当時の私は、その中で自分が空港をつくっているという実感を持つことができませんでした。
なんだか大きな何かに巻き付かれ、その通りに行動しなきゃいけない違和感というんでしょうか。

あれほど強く感じていた前向きな感覚は、気がつけば消えていってしまいました。
代わりに残ったのは、「怒られないように過ごす」という意識でした。


自分の力を出せなくなった時期

そんな中で、人事異動により、社内でも有名な上司と組むことになりました。
理詰めで問い続けるスタイルの方で、常に説明を求められます。

「なぜこの状況になっているのか」
「お前は何をしていたのか」

一つひとつの指摘はもちろん正しい。
しかし、逃げ場のない状態が続くと、人は徐々に思考を止めてしまいます。
人を信用していない正論は振りかざした瞬間に凶器になります。

私は次第に委縮し、自分の力を十分に発揮できなくなっていきました。
今振り返ると、本来の3割も出せていなかったと思います。

そんな中で、間に入って支えてくれた先輩がいました。
忙しい中でも私をフォローし続けてくれた方です。

しかし、あるとき私は限界を迎えました。
祖母が亡くなったと嘘をついて、会社を休んでしまったのです。

冷静に考えれば良くない判断です。
それでも、その時の私は、そこまで追い詰められていました。


忘れられない一言

その日、先輩から電話がかかってきました。

「事情はなんとなくわかるよ」
「秋葉…今回はうまくやっておくけど、これは貸しだからな。ちゃんと返してくれよ。」

責めるでもなく、ただ受け止めてくれたその言葉に、救われました。
ただただ感謝することしかできませんでした。

人は誰かの一言で救われることがあります。
そしてその一言は長くながく、私の心に残り続けています。


ある出来事がもたらした決断

その後、環境が変わり、なんとか仕事を続けることができました。
無難ではありますが、穏やかな日々が戻ってきました。

しかし2020年。コロナ禍の真っただ中。
思いもよらない知らせが届きます。

あの先輩が、若くして亡くなったという連絡でした。

あまりにも突然で、現実を受け止めきれませんでした。
時期が時期だけに参列も制限されていました。

結局あれから直接会うこともできず、感謝も伝えきれていません。

それまでどこか遠くに感じていた「時間の有限性」というものが、急に現実味を帯びて迫ってきたのを強く覚えています。

このまま、今まで通りに過ごしていていいのだろうか。
本当にやりたいことから目を背けたままでいいのだろうか。

その問いが、何度も頭の中を巡りました。

そして私は決意しました。

無難に生きるのは、ここでやめよう。
自分の人生を、自分の意志でこれから歩もう。


自分の人生を歩み直す

そこから私は、中小企業診断士の勉強を始めました。
(なぜ中小企業診断士なのか?は別の記事で・・)
決して楽な道ではありませんでしたが、2023年に資格を取得することができました。

不思議なことに、その過程で、かつて失っていた感覚が少しずつ戻ってきました。

それは派手なものではありません。
ただ、自分で選び、自分で進んでいるという実感です。

誰かに決められた道を歩くのではなく、自分で選んだ道を進んでいる。
その感覚が、自分の中に少しずつ積み重なっていきました。

その変化は、仕事にも現れていきました。
徐々にですが、自分の考えを伝えられるようになり、周囲との関係性も変わっていきました。


バトンはつながっていく

そして会社を退職し、独立する際に、ある後輩から言われた言葉があります。

「秋葉さんが私の目標でした」

その言葉を聞いたとき、正直驚きました。
かつて無難に生きていた自分が、誰かの目標になっているとは思っていなかったからです。

同時に、とても嬉しくもありました。
自分の生き方が、誰かに影響を与えているという実感があったからです。
自分も、誰かの憧れになっているんだと。

今思うと、あのとき先輩から受け取ったものは、形を変えてつながっていたのかもしれません。

先輩から受け取ったものを、自分が次につないでいく。
その連なりが、誰かの目標や憧れとして現れていく。

私はそのつながりを、とても大切にしたいと思っています。


未来はまだ書き換えられる

今の私は、空港で働く人たちの「人」と「組織」に関わる仕事をしています。

空港は多くの人が関わる場所です。
そしてその中には、それぞれの人生があります。

かつての私のように、方向を見失いそうになる人もいるかもしれません。
思うようにいかず、立ち止まってしまう人もいるかもしれません。

それでも、人生は途中です。

どこからでも、前向きに書き換えることができます。


まとめ

私は、先輩から受け取ったものを、これからもつないでいきたいと思っています。

一人の行動が、誰かの選択に影響を与える。
その積み重ねが、未来をつくっていくのだと思います。

だからこそ、これからも自分の人生を歩み続けていきたい。

空港で働く人たちが、笑顔と誇りを持って働ける社会をつくるために。

自分と未来は、これからいくらでも変えていける。

そう信じて、これからも進んでいきます。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

エアポート人財育成の専門家。11年間の成田空港での経験と中小企業診断士の知識を元に、人と組織が明るく成果を生み出す研修や組織変革の支援を行っている。人間力と組織力を向上することで、新事業展開や魅力ある職場づくり、委託元のレビュー向上に繋げます。

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