言行一致という言葉が、あとから効いてくる理由

課員だった自分の経験から、いまリーダーの方へ
空港ビジネスの「人・組織」価値増大コンサルタントの秋葉です。
最初にお伝えしておきたいのですが、当時の私はリーダーではありませんでした。
ごく普通の課員として、上司の指示を受けながら仕事をしていました。
それでも今、リーダーの方に向けて「言行一致」というテーマで文章を書いているのは、課員の立場だったからこそ、よく見えていたものがあったと感じているからです。
課員として働いていた頃の、正直な自分
当時の自分は、「やる」と言ったことを後回しにしてしまうことがありました。
忙しさや余裕のなさを理由に、つい先延ばしにしてしまう。
その場をやり過ごすことを優先してしまう。
今振り返れば、決して褒められる姿ではありません。
ただ、その行動が職場の空気にどんな影響を与えていたのかは、当時の自分にはほとんど見えていませんでした。
目の前の仕事をこなすことで精一杯で、
自分の振る舞いが、周囲にどう映っているのかを考える余裕はなかったように思います。
静かに重くなっていく職場の空気
職場では、何か大きな問題が起きていたわけではありませんでした。
怒号が飛び交うわけでもなく、露骨な対立があったわけでもない。
それでも、空気は少しずつ重くなっていきました。
本音が出にくくなり、言葉を選びすぎるようになり、
どこか張り詰めた感じが残る。
課員として毎日その場にいると、「何を言っているか」よりも、「どう振る舞っているか」のほうが強く印象に残ります。
言葉と行動のズレは、想像以上に空気に影響を与えるのだと思います。
「言行一致」の重さに気づいたのは、あとからだった
自分が「言行一致」という言葉の意味を本当に理解したのは、研修をやる側の立場になってからでした。
人に何かを伝えようとするとき、
正しいことを言うだけでは、人は動きません。
この人の言葉を信じていいのか。
この人自身は、その言葉とどう向き合っているのか。
皆さんは驚くほど敏感にそこを見ていると感じています。
人間性は、スキルや立場から生まれるものではない。
自信と信頼から生まれるものです。
人財育成は「相手を変えること」ではない
研修の中で、よくお伝えしていることがあります。
人財育成とは、誰かを思い通りに動かすことではありません。
評価制度を変えることでも、指示を増やすことでもない。
まず、自分自身と向き合うこと。
自分はどんな言葉を使っているのか。
どんな態度で人に接しているのか。
忙しいとき、余裕がないとき、どんな振る舞いをしているのか。
人は、教えられたことよりも、
「見ているもの」から学びます。
だからこそ、人を育てる立場にいる人ほど、
自分自身が、後進にとっての“見本”になっているかを問われるのだと思います。
課員の立場から見て、信頼できたリーダーの姿
課員として働いていた頃、
「この人のもとなら頑張れる」と感じたリーダーには、共通する雰囲気がありました。
決して完璧ではありませんでした。
迷いもあるし、判断に時間がかかることもある。
それでも自分の言葉から逃げない方が多かったように思います。
責任を曖昧にしない。誰かのせいにして話を終わらせない。
そして部下の話を尊重して話を聞いてくれる。
その姿勢が、言葉以上に周囲に伝わっていました。
課員は、上司の背中をよく見ています。
そして、その一貫性に、安心するのだと思います。
今思う「言行一致」とは何か
いま思う言行一致とは、
すべてを完璧にこなすことではありません。
できないことを、できないと言えること。
無理な約束をしないこと。
弱さを隠さず、それでも相手を尊重すること。
そして、そうした言葉を口にしても大丈夫だと思える空気を、
上にいる人が自然とまとっていること。
課員だった頃の自分が欲しかったのは、
正論や厳しさではありませんでした。
「この人は誤魔化さない」という安心感でした。
組織の空気は、少しずつ揃っていくもの
組織の空気は、誰か一人だけがつくるものではありません。
ただ、上にいる人の振る舞いが、
その空気に与える影響はとても大きい。
上が変わらなければ意味がない。
そう思ってしまう気持ちも分かります。
それでも、
自分の言葉と行動を揃えようとする人が一人、また一人と増えていくことで、
空気は少しずつ変わっていきます。
人財育成とは、
そうした積み重ねなのだと思います。
課員だった自分の経験から、いま伝えたいこと
かつての自分は、
言行一致という言葉の重さを、十分に理解していませんでした。
でも、だからこそ今、
この言葉に支えられています。
自分と向き合い、自分を見本として差し出すこと。
それは簡単ではありませんが、
人を育てる上で、もっとも誠実な姿勢だと思っています。










